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サンローランパリ ~エディ・スリマンの快進撃~

2018年7月17日

イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT)といえば、日本でも年配の方から若い世代まで知っているビッグメゾンだが、今現在のサンローラン(SAINT LAURENT)の人気と知名度は、エディ・スリマン(HEDI SLIMANE)が作り上げたということを否定する人はいないだろう。

2012年から2016年の間、それまで低迷気味だったサンローラン(SAINT LAURENT)のクリエイティブディレクターをつとめたエディは、ブランド名の大きさや高品質と必ずしも一致しなかったその頃のイヴ・サンローランを、改めて世界的なビッグメゾンへと復権させる大きな功績を残した。

すでにサンローラン(SAINT LAURENT)からは離れたエディ・スリマンだが、当社モードスケープでは、彼の時代のサンローラン(SAINT LAURENT)の洋服を数多く買い取らせていただき、そして販売した。
そこで、敬意と感謝を込めて、エディ・スリマンのサンローラン(SAINT LAURENT)時代の功績や彼の人物像について、いくつかご紹介したい。

サンローランを救った伝説の男、エディ・スリマン

ディオールオム時代の仕事は、メンズファッションの革命

エディがサンローラン(SAINT LAURENT)のクリエイティブディレクターに就任したのは、2012年。
1997年から2000年までイヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュ・オム(イヴ・サンローランのメンズプレタポルテライン)でデザイナーをつとめていたエディにとっては“復帰”という形にはなったが、無名の存在からイヴ・サンローランのブランド名の力を借りて業界に名を売ることになった当時の期待の若手とは、まるで違う人間となっていた。

イヴ・サンローランが当時のグッチ社に買収されたのを契機にブランドを離れたエディは、2000年にクリスチャン・ディオールの奮わなかったメンズラインであるディオールムッシュに代わるメンズの立ち上げに参加することとなる。ブランド名は、ディオールオム(Dior HOMME)

今30歳以上の男性の洋服好きで、このブランドの影響を受けていない人はいないのではないだろうか。そのぐらい、ディオールオムの躍進は凄まじかった。

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Dior homme summer 2005 #dior #diorhomme #hedislimane

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ストリートウェアがメンズの主流になった今のシーンにおいても、スキニーシルエットのパンツは一つの定番だ。
しかし、エディがディオールオムのコレクションでスキニーシルエットを披露するまでは、メンズで全身をタイトシルエットにコーディネートするのは、ご法度とさえ見られていた。
ちょうど、エディがディオールオムに就任した2000年頃は、最初のストリートブームやアメカジブームの影響で、コレクションでも太めのパンツが定番だったが、これを鮮やかに覆してみせた。
メンズの洋服に、「美しい」とかそういった価値観がないわけではなかったが、エディのディオールオムでの仕事が、その価値観を本当に開放した。
以降、ディオールオムのデザインはすべてのメンズブランドの手本となり、カッティングやダーツの入れ方はさまざまなブランドが模倣した。だから、ディオールオムを知らなくても、その影響を受けた洋服を、洋服が好きなほとんどの男性が身につけていてたと思う。そしてスキニージーンズを中心に据えたメンズコーデは、その後しばらくの間、絶対的な定番となった。

 

カリスマの要求にサンローランの首脳陣は眉をひそめた

ディオールオムでの成功によって大物デザイナーとして確固たる地位を築き上げたエディは、イヴ・サンローランに復帰する際にいくつかの要求を突きつけた。
それは、イヴ・サンローランの象徴的なロゴ「YSL」を排除し、メンズプレタポルテラインをサンローラン・パリ(SAINT LAURENT PARIS)と改称すること、キャンペーン広告の写真は、フォトグラファーでもあるエディ自身が撮影すること、クチュールラインを復活することなどだが、最もケリンググループ(サンローランの親会社)の首脳陣を刺激したのは、コレクションのラインナップに、バイカージャケット、ミリタリーパーカー、ミニスカート、アンクルブーツなどを追加することであった。ケリングの首脳陣は、そうしたラインナップを大衆商品と捉え、権威あるラグジュアリーブランドのアイテムにはふさわしくないと考えていたからだ。しかし、蓋を開けてみれば、2015年に前年比約30%の売り上げを記録し、イヴ・サンローランからサンローランパリに改称されたかつてのラグジュアリーブランドは、ケリンググループで1,2を争う存在となった。

エディの功績は数字を上げたことだけではない

サンローラン(SAINT LAURENT)はエディの招集によってビジネス的に大きな成功を収めたが、ブランドイメージの回復という意味でも、数字以上の貢献を果たした。

エディ以前のイヴ・サンローランは、創業者であるムッシュ・イヴ・サンローラン(Monsieur Yves Saint Laurent)が指揮をとっていた時代の遺産でブランドイメージを保ち、一部のラグジュアリー層の顧客以外には全く興味を持たれないブランドだった。トム・フォードやアルベール・エルバスなどの名手がデザインを手がけていた時期はあったものの、それほどマーケットにインパクトは与えられずにいた。

2000年代の後半には、それほど経済的に豊かなわけでもない若者が高級ブランドを無理して着用する光景が当たり前になっていたが、エディ就任前のイヴ・サンローランは、若者にとって、ライセンスビジネスに手を染め、デパートの催事場に並ぶなんということはない財布や傘、実家のトイレのスリッパやゴルフコンペの景品のガウンに「YSL」のロゴが刻まれているブランド、という感じでブランドイメージは失墜していたと言っても良い。

それを、(受け手の感覚としては)一夜にして、ストリートやユースカルチャーの感覚をコレクションで表現する、最も洗練されたブランドに変えたのがエディだった。
もっともそれは、エディや彼のチームが作り出す服のみがそうしたのではなく、彼のフォトグラファーとしての仕事や、リバティーンズやベック、フェニックスといったミュージシャンの衣装やアートワークを手がけているといった、彼にまつわるストーリーも、ブランドイメージの回復に寄与したに違いない。

サンローランとエディの今後

かくしてサンローラン(SAINT LAURENT)のビジネスは軌道に乗り、現代でも廃れていない伝統あるラグジュアリーブランドの面目は保たれた。
2016年の秋冬を最後にエディは退任し、ヴェルサスヴェルサーチ(Versus Versce)などでキャリアを積んだアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)が後を引き継ぐこととなった。ヴァカレロはこれまで、メンズ・ウィメンズ合わせて4シーズン分コレクションを披露しているが、エディの時代を良い意味で後追いしているような印象で安定感がある。
ヴァカレロ得意の、すでにあるものに変化を加えてアンバランスを表現する手法と、サンローラン(SAINT LAURENT)が築き上げてきたものが上手に融合している。

そして、エディ・スリマンはセリーヌ(CELINE)のクリエイティブディレクターに就任した。
まだ、コレクションは未発表だが、下の広告ビジュアルを見る限り、エディらしさ全開のコレクションがお目見えしそうな期待感がある。

ディオールでの成功以来、エディには所謂信者が付き、彼がブランドを移動する度にその数を増やし続けている。セリーヌでも、また多くの信者を生むことになりそうだ。

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ブランド古着のモードスケープです。トレンドから過去の名作まで、ワクワクするブランドアイテムを販売・買取しています。また、弊社メディア『モードスケープマグ』では、ファッションに関する様々な記事・コラムを配信します。

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